ジムの出店や集客を考えるとき、まず市場規模や会員数を調べる方は多いと思います。ただ、全国の数字は業界の動きをつかむ材料にはなっても、自店の勝ち筋までは教えてくれません。本稿では、公的統計で確認できる事実を手がかりに、ジム運営者・多店舗事業者・フィットネス周辺企業が議論の土台にできる「市場の読み方」を整理します。
01市場規模は、定義で変わる
フィットネス市場の大きさを示す公的な数字に、経済産業省の特定サービス産業動態統計調査があります。2024年のフィットネスクラブ売上高は約2,910億円でした。ただしこの数字は、業種の年間売上高のおおむね7割をカバーする売上高上位の企業を選んで集計したもので、小規模な事業者まで含めた市場全体の合計ではありません。
同調査は2024年12月分で終了し、2025年1月分からは総務省のサービス産業動態統計調査に統合されました。後継の統計でもフィットネスクラブの売上高は参考値として公表されていますが、総務省自身が「調査設計が異なるため、実数値での比較はできない」と注意書きしています。
同じ業種の同じ「売上高」でも、誰を数え、どう集計するかで数字は変わります。全国の市場規模は業界の動きをつかむ材料にはなっても、「この駅前に出店して採算が合うか」には答えてくれません。出店・集客・運営の判断は、もっと手前の問いから始める必要があります。
02競合はジムだけではない
事業者は業態で市場を区切りがちです。総合型クラブ、24時間型ジム、パーソナルジム、ヨガやピラティスなどのブティック型、公共のスポーツ施設、オンラインレッスン。しかし利用者は、業態ではなく「自分の生活で続けられるか」で比べています。
スポーツ庁の2025年度調査では、この1年に実施した運動の上位は「ウォーキング」「階段昇降」「トレーニング」「ランニング」でした。「トレーニング」(筋力トレーニングや室内運動器具を使う運動など)を実施した人は、回答者全体の12.3%です。ジムの競合は隣の店舗だけでなく、お金も移動もかからない散歩や自宅での運動でもある、と考えるのが実態に近いでしょう。
この見方に立つと、問いが変わります。「他のジムより何が優れているか」だけでなく、「歩くだけ、家でやるだけ、では足りない理由を、この商圏の誰が持っているか」。業態の優劣ではなく、利用動機と運営条件の相性として市場を見るのが出発点です。
03需要は「生活導線」で分ける
年齢や性別は需要を読む入口にすぎません。同じ30代でも、都心に通勤する人と在宅で働く人、子育て中の人では、ジムに寄れる時間帯も場所もまったく違います。
商圏を読むときは、次の3つを重ねると解像度が上がります。
いつ来るか ── 出勤前、昼休み、退勤後、休日、深夜・早朝
何のために来るか ── 体型づくり、体力維持、ストレス解消、競技力、人とのつながり
注意したいのは、よく使われる人口データの限界です。国勢調査の昼間人口は通勤・通学による移動だけを反映し、買物客などの一時的な移動は考慮していません。夜間勤務の人も、昼間に勤務しているものとして数えられます。長時間営業の店舗にとって重要な深夜・早朝の需要や、買い物ついでの来店は、この数字からは見えません。交通、住宅とオフィスの分布、商業施設、競合店の営業時間を重ねて、初めて生活導線が浮かび上がります。
職場も導線の一つです。スポーツ庁の同調査では、勤務先に運動・スポーツを活用した取組がある就業者の週1日以上の実施率は71.1%で、取組がない場合(45.2%)を上回りました。因果関係までは言えませんが、法人契約や福利厚生が「通う理由」を外から補う導線になりうることを示す材料です。
04入会と継続は別の問題
運動を「したい」ことと「している」ことの間には距離があります。スポーツ庁の同調査では、週1日以上運動・スポーツをしている20歳以上は51.7%、週1日以上したいと答えた人は63.3%で、11.6ポイントの開きがありました。
同じ調査は、1年前より運動の頻度が増えた理由と、減った・これ以上増やせない理由も尋ねています。減った・増やせない理由の上位は「仕事が忙しいから」(26.5%)と「面倒くさいから」(22.8%)で、「場所や施設がないから」は4.4%でした。増えた理由の上位は「仕事が忙しくなくなったから」(16.3%)と「体力に自信がついたから」(15.6%)です。施設が近くにあっても、生活の中に組み込めなければ続かない可能性があります。入会を後押しする要因と、継続を妨げる要因は、別のものとして扱う必要があります。
何をもって「続いている」とみなすかも、先に決めておく必要があります。たとえば厚生労働省の国民健康・栄養調査は「1回30分以上の運動を週2回以上、1年以上継続」を運動習慣と定義しています。自店で継続を測るときも、来店頻度と期間の基準を決めてから数えることが出発点です。
そこで、利用者の動きを一続きの流れとして捉えます。認知、比較(見学・体験)、入会、初回利用、習慣化、休会・退会。入会数は流れの途中にある一点にすぎません。入会後の最初の数週間で、通う日時が生活の中に決まるか。行かなかった週に何が起きているか。休会が退会の手前で止まっているか。見るべき指標は、入会数から継続率と稼働の質へ広がります。
入会は流れの途中にある一点です。入会後の最初の数週間で、通う日時が生活の中に決まるかどうかが、継続の分かれ目になります。休会・退会を入会と同じ粒度で記録しておくと、どこで流れが途切れているかが見えてきます。
054つの視点で市場を読む
ここまでの論点を、市場を読む4つの視点にまとめます。
獲得 ── その人たちが比較検討する場面で、何を理由に選ぶか
継続 ── 入会後、通う時間と理由が生活の中に定着するか
店舗経済性 ── 継続した会員が、固定費と設備投資を支える構造になっているか
4つは独立していません。商圏の読みが粗いと、獲得施策は「誰にでも向けた安さの訴求」になりがちです。獲得時の約束(いつでも通える、成果が出る)が継続の実態とずれると、退会が増えます。そして継続が弱いと、店舗経済性は崩れます。
特定サービス産業動態統計調査の対象企業では、2024年の売上高の92.0%が会費収入で、利用料金収入は4.3%、食堂・売店は3.7%でした。売上高上位の企業に限った構成比ですが、付帯収入より「会員が何か月続くか」が収益の土台になっている構造がうかがえます。
4つの視点は独立していません。商圏の読みが粗いと獲得の訴求がぼやけ、獲得時の約束が実態とずれると継続が崩れ、継続が弱いと店舗経済性が成り立ちません。中心に置くべきは「継続」です。続いている会員の来店パターンは、商圏を読み直す材料にもなります。
打ち手を選ぶときは、4つの視点のどこが詰まっているかを先に特定します。入会が少ないのか、入会はあるが初月で止まるのか、続いているが固定費に対して会員数が足りないのか。詰まっている場所によって、打つべき手はまったく変わります。
06議論の前に確認する12の質問
商圏
- この店舗の会員は、主に住まい・職場・通過点のどこから来ているか
- 来店が集中する時間帯はいつで、空いている時間帯はいつか
- 利用者が比較している相手は、他のジムか、それとも運動しない選択か
獲得
- 入会者は何をきっかけに店舗を知り、何を決め手に入会したか
- 見学・体験から入会に至らなかった人は、何を理由に見送ったか
- 訴求している価値は、商圏の生活導線と合っているか
継続
- 入会後30日以内に一度も来なかった会員は何割いるか
- 休会・退会の理由を、入会理由と同じ粒度で記録しているか
- 継続している会員の来店パターン(曜日・時間帯・頻度)に共通点はあるか
店舗経済性
- 月次の収益は、何割が会費で、何割がそれ以外か
- 会員が平均何か月続けば、出店時の投資と固定費をまかなえる設計か
- 新規獲得と継続支援に、人と予算をどの比率で配分しているか
答えられない質問が、最初に取るべきデータです。
07全国の地図を、自店の地図に翻訳する
全国の統計は、業界全体の地図です。運動する人の割合、続けられない理由、売上の構成。どれも出発点として有用ですが、個店の需要予測にそのまま転用すると判断を誤ります。全国平均は、特定の駅前や郊外の生活導線を平均化した結果だからです。
必要なのは翻訳です。全国データで仮説を立て、自店の入館記録、入会・退会理由、商圏の導線データで確かめる。市場規模や会員数だけで判断するのではなく、誰が、どこから、何のために来て、なぜ続けるのかを見る。この順で見れば、出店・集客・運営の打ち手は選びやすくなります。
・スポーツ庁「令和7年度 スポーツの実施状況等に関する世論調査」2026年3月11日公表(調査期間2025年11月7日〜28日、全国の18〜79歳、WEBアンケート、有効回収40,000件。実施率・希望率は20歳以上、実施種目は回答者全体、頻度の増減理由は該当者の複数回答)
・厚生労働省「令和6年 国民健康・栄養調査結果の概要」(運動習慣者の定義)
・経済産業省「特定サービス産業動態統計調査 長期時系列表 フィットネスクラブ」2024年確報(業種の年間売上高のおおむね7割をカバーする売上高上位企業が対象。同調査は2024年12月分で終了)
・総務省統計局「サービス産業動態統計調査 特別集計を見る上での利用上の注意」
・総務省統計局「国勢調査 従業地・通学地に関する用語」(昼間人口)
